死の舞踏
空は曇り、月も星も完全に雲に覆われていた。光はさえぎられ、闇の空間としていた。
本来なら闇の空間となるはずの世界であるが、人工の光が暗闇を許さず、照らしていた。
そしてその光は、とある建物の一室を照らしていた。
その部屋には天井からあるものがぶら下がっていた。恐ろしく観るものを恐怖させるもの。
それは事の発端となり、水面に波紋が立つごとく、人々の関係に波を立てた。
「今日もいい天気ですね。歩さん」
「ああ、そうだな」
そう言ったのは月臣学園高等部三年の白長谷小夜子と同学年の高等部二年、鳴海歩で
あった。二人の関係は…まあ、限られた人間であるが知られているものであった。
二人は大して気にすることも無く、いつもどおり学園に着いた。
しかし、雰囲気はいつもと違っていた。
ぴりぴりとした、そして悲しみに満ちた雰囲気になっていた。
二人は不思議に思いつつ、靴を履き替えた後にその場所に訪れた。そこは普段、人も
寄り付かない静かな場所であったが、今回は違い、騒がしく人に満たされた空間であった。
「何があったんでしょうかね?」
「さあな」
人ごみであるために見えず、そこで何が起きているのか全く分からなかった。
と、歩と小夜子が見ようと努力していたとき、その人ごみの中から小夜子を呼ぶ声が
聞こえてきた。
「小夜ちゃん!」
辺りを見回すが人が余りにも多く、声の発生源がわからなかった。と、彼らの左前方から
一人の少女が姿をあらわした。
「希さん。どうかしたのですか?」
「た、大変なの…。人が死んでいるのよ…」
「えっ?」
「なに?」
思わず歩も声を上げてしまった。無理も無いことだろう。しばらく人殺しなどとは無縁の
生活を送っていたのだから…。
歩は人ごみを掻き分けると、その死体を目にした。小夜子と「希」と呼ばれた少女も
一緒にである。歩がそれを見たとき、後ろでどさっ、という音が聞こえた。
振り返ると青白い顔で床にへたり込み、その死体を見つめている小夜子の姿であった。
「おい、あんたしっかりしろ」
「…紅葉さん…」
どうもこの死体の名前は紅葉というらしい…。歩は小夜子に心配しながらもその事を頭に
入れた。歩は更に状況を見極めるために小夜子を希に預けると、現場を見に行った。
見た目は何の変哲も無い自殺。
死んでいる人の特徴は…髪の長さはセミロングといたところか…。
色はやや赤味のかかった茶色。
どんな悩み事があったか知らないが…若くして死ぬとはな…。
歩はそんなことを考えつつ、辺りを見回した。不可解なものは…。
歩は死体の足元にあるものに目をつけた。一枚の紙切れ。
指紋をつけないようにハンカチでその紙切れを取り上げた。
「何だ…これは」
そこに書かれていたのものは
“火星の者に抱かれし者。それを縛るものを描かん。描き時、光は満たされん”
と意味のわからない文章意が書かれてあった。
「何だ?連続殺人の予告でもしているのか?」
確かにそう思えてしまう文面であった。その文面を頭に入れると歩は小夜子の元へ戻った。
「やはり自殺なんですか?」
先ほどよりは良くなった顔色で小夜子はそう聞いてきた。
「詳しくは分からないが、多分そうだろうな。ただ他殺の線は、無いとも言い切れないな」
と先ほどの紙切れの事を頭に思い浮かべながら、そう言った。
それは冷静な判断であったが、それを気に食わないのか希が口を挟んできた。
「ねぇ、あんたはどうしてそんな冷静に判断できるわけ?」
明らかに怒気を含んだ口調であった。それでも歩は全く変化無く、
「冷静に判断すべきと判断したから、そうしているだけだ。それに俺はそこで死んでいる
奴とは顔見知りでもなければ、ましてや親しい仲でもないんだ。悲しむ要因がないだろ」
「あんたって冷血な奴ね」
怒りを抑えて話している口調であった。おそらく友人が殺された、もしくは自殺か…。
なんにせよ、死んだ者に対して余りにも冷静に接している歩むに腹を立てているのだろう。
しかし、歩はそんなことにも気付かず、
「冷血か…そういえば前にいわれたことがあるな。そんなに俺は冷血か?」
「ええ、最低なくらいにね」
今にも殴りかかりそうなくらいに険しい雰囲気が辺りを包んだ。希が歩を見る視線は
もはや殺気さえ含んでいるものであった。歩はその視線を正面から受け止めた。
そんな二人の状況に小夜子は…「けんかはやめて下さい」と一言そう言った。
小夜子のその一言で二人の雰囲気は元に戻ったが、希は憎しみのこもった視線をまだ歩に
向けていた。歩は気にもせず、
「それじゃ、俺は教室に行くよ。あんたは保健室に行った方が良いんじゃないのか?」
ぶっきらぼうな物言いの中に歩の小夜子に対しての優しさが隠れていた。それを小夜子は
感じ取ったのか「分かりました」といって、希の肩を借りて保健室に向かった。
それを見ながら、歩は一つの事を気にしていた。そう、この事件はこれでは終わらない…。
歩の中に流れている探偵の血は的確にこれから起こることを捕らえていた。
清楚で綺麗な部室のみが集まっている校舎。その校舎の中でも怪しげな雰囲気を
かもし出している新聞部部室。そこに歩は訪れた。
「ここに来るのは久しぶりだな」
そんなことを呟き、扉に手をかけた。そして扉を開けようとしたとき、中から
声が聞こえてきた。二つの声色。一つは女性のもの。もう一つは男性のものであった。
歩は女性の声に聞き覚えがあり、少し驚いた表情を浮かべたが気を取り直して扉を開けた。
「あっ、直樹さん。そこじゃありません!」
「えっ、じゃ、ここかい?」
「何やら楽しそうな事をしているな」
歩は編物をしている二人を目にそう言った。二人で編物をするというのも変な光景だが、
それ以上に男がやっていることに更に違和感をかもし出していた。
「あ、鳴海さんじゃないですか?お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな。それより、何をやってるんだ、というより何をやらせてるんだ?」
「編物です。見て分かりませんか?それよりも『やらせてる』って何ですか?」
口では怒っているようだが、彼女はお茶の用意をしていた。久しぶりの友人の来訪に
歓迎はしているようだ。歩もそれを分かっているのか空いている座席に腰を下ろした。
「ここに座っても構わないか?」
「あ、うん、構わないよ。鳴海くんでいいのかな?」
「ああ、ところであんたは?」
「僕は真藤直樹、よろしく」
「ああ、よろしく。まさかとは思うがあいつの恋人とかじゃ、ないよな?」
「そうだけど?」
「……」
思わず絶句してしまった。あの恐怖の新聞部部長の恋人…。歩の思考回路はとまりそうに
なった。
よくこんな恐ろしい娘と付き合う…。歩はひよのに聞かれれば間違いなく殺されてしまう
ような事を考えていた。
「どうかしたの?」
「いや…何でもない」
「??」
不思議そうな顔をしていたが、彼のまた編物の方に意識を向けた。ひよのは歩の前に
カップを置くと、自分はPCの前に座った。
「鳴海さん。今朝殺された人の情報ですよね」
「よく分かるな。そうだ。頼む」
「はいはい、少し待っててくださいね」
そう言うとキーボードをカチャカチャと叩く音がした後、ぴっという音と共に画面に
一つの情報が表示された。
「今朝、殺された人は永瀬紅葉。この学園の高等部三学年に所属。スリーサイズは…」
「そんなものはいらん!」
「まぁまぁ、鳴海さん。では白長谷さんのは?」
「あんた…性格変わったな…」
昔とはまた違った雰囲気に変わったひよのに戸惑いつつ、歩は画面に表示された紅葉の
情報に目を通した。
「友好関係は…緑川希?」
「知り合いですか?」
「いや…悪いが、この緑川希の情報を見せてくれないか?」
「はいはい…」
紅葉のウィンドウを小さくすると、同じく希の情報を調べ始めた。
ウィンドウに表示された顔には見覚えがあった。今朝、小夜子と話をしていた少女の顔で
ある。そこの友好関係の欄には紅葉の名もそうであるが、小夜子の名前も入っていた。
「紅葉さんと同じく高等部三年に所属。親しい友人として上げられるのは紅葉さんに、
小夜子さん、それに赤木紫苑さんですね」
「……もう一度、永瀬紅葉の情報を見せてくれ」
「はい、っと」
歩は同じく友好関係の欄に目を通した。
そこにはやはり、希、紫苑、そして小夜子の名前があった。何か関係があるな…。
歩は小夜子の名に少し気になっていた。何事も無く終われば良いんだが…。
しかし事件はこれで終わりではなかった。これが全ての始まりであったのだ。